
先日、会社での雑談中に「カメラが欲しいけど、iPhoneで十分だと思って踏みとどまっている」という話題が出た。僕は「iPhoneは暗いところも明るいところも一色単に明るくするから記録用としては良いけど、鑑賞用にはならない。ちゃんとしたカメラだと陰影の再現が段違い」などとウンチクを並べる。そんな中、一人が「ファインダーを覗くという所作のため」と端的に言った。彼は珈琲を豆から挽くのも同じ理由だという。確かにそうだと思った。スケジュール管理もiPhoneが一台あれば事足りるのに、わざわざ毎年お金を出して手帳を買い、たまにインク漏れするような万年筆にインク補充しながら使っている。腕時計もそうかもしれない。
便利な世の中だからこそ、道具を使うという行為が希少となり、その体験が満足感を生むのだろう。少し前までは特別な日や旅先で『体験にお金を払う』ということだったが、今ではその欲求が日常生活にも降りてきている。全てではないが僕は機能のためではなく「所作のため」に道具を所有しているということになる。冷静になると何にお金を払っているのかと思うが、市場としては間違いなく存在しているのだと実感。やはり雑談は楽しい。
せっかくなので、無駄で手間のかかる高価格なプロダクトを考えてみるか。